学習院初等科 梅本科長に聞く

初の女性科長が導く「変わらぬ理念と新しい歩み」とは

日時:2025年4月開催 場所:学習院初等科

学習院初等科初の女性科長である梅本恵美科長にどのように「伝統」を守り「変革」を推し進めているのか、ジャック幼児教育研究所理事の吉岡俊樹と四谷教室長の木村昭恵が伺いました。

ゲスト

  • 学習院初等科

    科長 梅本恵美先生

聞き手

  • ジャック幼児教育研究所

    理事 吉岡俊樹

  • ジャック四谷教室

    教室長 木村昭恵

1. 「共働き世帯」の現状は?

吉岡:ここ10年の変化として、仕事を持っているお母様が大幅に増えたと思います。20年前と比べると、もう相当な変化というのがあると思うんですけれども、御校ではお母様が働いていらっしゃる割合を数字で把握なさっていますか。

梅本科長:統計はとっておりませんし、入学後、何年かいたしましてお子様たちが学校生活に十分なれた頃からお仕事を始める場合もあるようでございますので、その数字を正確に調べるというのは非常に難しいと思います。ただ、受験の際の願書では、保育園出身の方が確実に増えていますので、お仕事をされているお母様が多くなったと思います。
その分、お父様方が学校行事によく参加してくださるようになりました。うまくスケジュールを調整して共働きのご家庭でも学校に対するご理解やご協力をきちんとしてくださっていると感じています。最近は父親の参加が当たり前になって、お父様方ご自身も肩身の狭い思いをされることなく、自然に参加されている印象です。

吉岡:行事ですとかあるいは各年度の役員ですとかに関しては、お仕事をフルタイムでなさっていると難しいこともあるかもしれないと思いますが、行事などの参加に関しては、学校側としてどの程度求めてらっしゃいますか。

梅本科長:父母会と学期末の面談には必ずご出席いただきたいと思っています。面談につきましてご両親でいらっしゃる場合もございます。そのほかの参観日、運動会、初等科祭などの行事については、できるだけ参加をし、学校の様子、お子様の様子、お子様のクラスの様子をご覧いただきたいと考えおります。また、父母会の幹事につきましては、各クラス3名の方に1年間ご協力いただきますが、6年間で1回は経験していただきますと学校への理解を深めていただく機会になるかと思います。

吉岡:アフタースクールについてはどうお考えですか。近々ではないにしても、将来的にはご両親が仕事をお持ちのご家庭の支援のために、課外授業のようなものっていうのは、構想としてお持ちですか。

梅本科長:私自身としてはあって良いのではないかと思っています。なぜそう思うようになったかと申し上げますと、卒業生の方で水泳指導や剣道部などで子どもたちのお世話をしてくれている方からのご意見を聞いたからです。子ども自身に少し問題を抱えているようなことも見えるということで、これはやはりしっかりとしたアフタースクールの機会があることは、子どもたちのためになるのではないかと。子どもたちの話から、放課後の過ごし方について懸念を持つ場面もあるようでございます。伝統的に、大勢の卒業生が協力できる体制があるというという意味で、ソフト面では実現できるのではないかと思っております。子どもたちが安全に放課後を過ごす場所、時間。これは子どもたちにとっても有益なことだと思っております。ただ、すぐに実現となると、器(ハード面)というところが難しいと考えております。

2. ICT教育への取り組みは?

吉岡:昨年秋の入試では、御校は体操のテストの出題に、初めて大型モニターをお使いになったと思います。学習院というと、古風で保守的というイメージもあり、良い意味で予想外だったのですが、この新たなテクノロジーの導入ですとか、あるいはICT教育についてはどのように考えていらっしゃいますか。

梅本科長:やはり便利な道具として、それを使うのは、これからの時代を生きていく子どもたちには必要だと思っています。
ICT教育に関しては、低学年にのうちに「丁寧に文字を書く」、「ノートを丁寧に取る」ということを身につけておきませんと、高学年になってからではなかなか難しくなります。1年生から1人に1台タブレット端末を持たせていますが、低学年のうちに少し慣れさせて、高学年では、授業の限られた時間の中でそれを効率的に使えることを目指しています。例えば、いろいろな教科で課題をアプリで出しておりまして、家庭に戻って取り組んで、提出する。教員はそれを受け取って添削をしたりコメントをしたりして返しています。協働学習ということで1人ひとりの意見や考えを一斉に共有できるということもありますので、授業の中でより効果的に活用できるようであればどんどん活用していきたいと思っています。

吉岡:初等科は自然が豊かですし、低学年のうちは本物に触れる体験をした上で、ICT教育をしていった方が、私も良いと思っています。これからの時代、何も言わなくても子どもたちは機器に慣れていきます。だからこそ余計に本物が大事になるのではないかと思います。

梅本科長:女子中等科などの先生からは、「初等科出身の子どもたちはとても上手に使いこなしているので、感心しました」という声も聞きますし、そこはそこで力をつけ、本物に触れる体験は変わらず大切にしていきたいと考えます。

3. 短期留学での新たな挑戦とは?

吉岡:次に英語教育ですが、御校は近年、イギリスのカレッジに短期留学ができるシステムを作られました。私もレポートなどをじっくり見させていただきましたら、ジャックの卒業生もその中に数人入っていたので、子どもたちがとても生き生きとしているのを見て、うれしくなりました。昨年はオーストラリアにも広げられましたが、今後さらに展開したり増やしたりっていうご計画はお持ちですか。

梅本科長:現在、イギリスとオーストラリア、合わせて3校と交流していますが、3校がどちらもとても良い学校ですので、今のところは広げるというよりは、長く、関係が続けられるようにしていくことが大事だと考えています。また、今のところは初等科から子どもが行く形ですが、逆に先方の生徒が初等科の授業に参加して、こちらでホームステイをすると、研修に行っていない子どもたちも海外の子どもたちと交流もできます。学校全体でそういう国際交流の機会を持ちたいと考えております。

吉岡:私も前科長の大沢先生から留学を実現するのに大変なご苦労があったと伺っていますので、1人でも多くの子どもたちに行ってほしいなと思っておりました。子どもたちから聞いた話では申し込みは抽選になっているそうですね。希望者が多すぎて、結構な倍率だったとか。

梅本科長:昨年度は2箇所に行くことができましたので、希望した人たちがほぼ全員どちらかに行くことができましたが、オーストラリア研修は隔年ですので、イギリスだけの年は抽選になってしまいます。

吉岡:留学の展示物を拝見したときに、女子の方が多いのが印象的で、男子の比率が低いのかなと…。

梅本科長:そうなんです。こちらで男女比を決めていることはなく、申し込みをした人数によって割合を決めておりまして、圧倒的に女子の方が多いです。年によっては3対7の割合になります。男子の中には親に言われて申し込む子どももいます。

吉岡:展示物を見ながら、「がんばれ男子!」と思いました(笑)。

梅本科長:男子は女子に比べると、やはり精神的には成長がゆっくりです。学習院の場合には中高、大学で海外留学のチャンスはありますので、その子にあったタイミングで挑戦するといいと思っております。

吉岡:帰国後、お子様たちの変化をご覧になって、どんなことをお感じになりますか。

梅本科長:英語を話すことや、海外の異文化への関心は大変高まります。本当に帰ってすぐに、ご家族に留学したい、行かせてほしいと言う子どももいるようです。実際、授業に参加した学校(チャルトナムプレップ)に、入学した男子児童もいます。子どもたちのもっと勉強したいという意欲を感じますし、海外研修に行かなかった子どもたちも、いろいろ報告会などで様子などを聞いて、とても関心が高まり、英語教育の全体的な底上げになっています。また、帰国後にあちらのホストファミリーと連絡を取り合って、ホストファミリーが来日し日本でまた再会をして家族ぐるみで交流するというご家庭も中にはあるようです。

4. 進路や習い事へのお考えは?

吉岡:次は進路について。今、高等科は男子部も女子部も大学受験で他校を受ける率が高くなっていて、半分近くが受験すると聞いています。自分たちの上級校を押しつけないで本人の意思を尊重するというのは、学習院の気風の表れなのではないでしょうか。

梅本科長:そういう意味で本当に選択肢が多い学校ではないかと思います。初等科から中等科に進学する際にも、外部受験をするというご家庭についてはその選択を尊重しますし。その根底にあるのが、基礎基本を大事にしてしっかり学力をつけていることです。子どもたちが、やりたい道が見えてきた時に、そこに進めるだけの力がついているというところが、学習院の良さでもあると思います。一貫校ですけれどもそれぞれ独立した学校でもありますので、そのあたりは縛られない柔軟さがあるのではないかと思っております。初等科から外部に出る方たちも、初等科を卒業したことに誇りを持っていますので、卒業後も交流が続いているようですし、学習院の良さとして、卒業生同士の繋がりがしっかりしているというところは挙げられるのではないかと思っております。

吉岡:先ほどお話に出てきた声楽科に進んだ方(松岡なつ美さん)は、現在プロとして活動しておられますね。私の教え子で日本舞踊家として大活躍している方(有馬和歌子さん)がいるのですが、松岡さんとのコラボレーションでコンサートを開くというお知らせをもらった際に、「学習院で学んだことが今の芸術活動の中で活きているという点で、二人は共通している」という主旨のことを仰っていました。
それに関連してなのですが、習い事について伺います。下校後はお子さんたちが習い事をしていると思いますが、何か決まり事はありますか?

梅本科長:できるだけ一度家に帰り、着替えなどして出かけるということですが、やむを得ない場合は、児童手帳に年度はじめや学期始めにお届けを出していただいています。

吉岡:先生の長いご経験の中で、何か習い事をお子さんたちがいろいろやって、学校以外のところでも力をつけたことで、これはよかったなっていうケースはありますか。

梅本科長:多分野で能力の高い子どもが多く、たとえば書道では、大学に進んでからも個人で活動し続け、書道展に立派な作品を出品している人もいます。ほかには、音楽関係が最近特に増えていて、バイオリンやチェロを続け、大学は芸大に進み、その後、いろいろなコンクールなどにも出てプロになっていくという卒業生も、私が教えていたお子様の中だけでも複数名おります。松岡さんもその一人です。一貫教育の環境を活かし、好きなことを見つけてそれを究めていくことで、才能も磨かれ、開花することも多くあります。

吉岡:逆に習い事をする上での注意点はありますか?

梅本科長:運動スポーツで申し上げますと代表に選ばれてさらに上の大会に出場する、国際大会に出るというようなケースもありますが、やはり学業は優先で、ということですね。学校生活に支障がないように、ご家庭でご配慮いただくことはお願いしております。

様々な分野での卒業生の活躍も楽しみです。(写真提供:松岡なつ美様 有馬和歌子様)

5. なぜ「数量の分野」は入試にでない?

吉岡:入学試験について伺います。これまでは、入学試験で数量に関する問題が出たことは一度もありません。これは私立・国立小学校の中でも異例です。保護者の方の中には、「学習院は算数に力を入れていないのでは?」と誤解をなさる方もいます。初等科が数量分野を出題なさらないのはどのような理由からでしょうか。

梅本科長:初等科は、入学後の先取りをする内容は出さないということです。入学後も、「先取り学習、予習は必要ない」とご家庭に話をしています。習熟と定着に力を入れることが大事だと思っております。先取り学習をすると、形式的に身につけそれで勉強ができたような気になってしまう子どもがいますので、むしろ、算数などは形式に至るまでの過程の中で、子どもたちの思考力を育てていくことが大事だと思っております。かえってそういった形式だけを身につけていて、授業中あまり真剣に学習に取り組まないという子どもも最近は散見されますので、それよりも学習を楽しみに入学してほしいと思っています。

吉岡:なるほど、そういったポリシーの表れということですね。
生活面についてですが、昨年は箸を使う課題が出ましたし、スモックの着脱は近年、何度か出題されていると思います。これは生活面に支障があるお子さんが増えてきたということなのでしょうか。

梅本科長:これも入学後に繋がるのですけれども、例えば衣服の着脱に関して言えば、1年生の生活場面を考えました時に、図工着、体育着に着替える、こういったところがある程度スムーズにできませんと、限られた時間の中で支障が出ます。ある程度初等科の生活場面を想定した中で、見ることは確かにあります。ただ、高度な力を要求しているわけではなく、年齢に応じて、入学後、学校生活に適応できるような力さえあればと考えております。
先ほど申し上げたように、初等科の教育の質を高いところで維持していきたいと考えておりますので、上のレベルに持っていくためには、その前提となる生活面については、年齢相応のことはできてほしいと考えております。

吉岡:最後に面接についてなんですが、昨年度の入試で、「宿題をやりたくないと言ったらどうしますか?」など、ネガティブな状況を設定した質問をなさいました。いわゆるオーソドックスな質問だけだと保護者の方のお考えをうまく引き出せなくなってきた、ということなのでしょうか?

梅本科長:以前は緊張する場面で困らせてしまってはお気の毒だという思いで、なるべく答えやすい質問をしていた部分があります。しかしなかなか差がつかないというのでしょうか、なるべくそれぞれの方のお考えを知りたいという思いから、いろいろと担当者と考えて、工夫をするということにいたしました。お子様を俯瞰してみることは大事ではないかと思っております。
新しい問題に対する答えをすぐに評価に反映できたかどうかというところは別として、本当にいろいろなお考えが出てきたと聞いております。

2025年度 学習院初等科 特徴的な入試問題(ジャック調べ)

箸使いやスモックの着脱など、学業の前提となる、生活面での躾も重要な課題です。
(ジャック幼児教育研究所「入試速報セミナー」より)

6. 「学習院らしさ」とは?

吉岡:最後に、梅本先生が長らく初等科で教鞭を取られていて、大切にしてほしい学習院らしさ、初等科生らしさを教えてください。

梅本科長:初等科、学習院が伝統的に大切にしている精神は「質実剛健」と「自重互敬」です。「自重互敬」は初等科生にも「正直と思いやり」とわかりやすく、折に触れて伝えています。その精神を身につけて、ゆくゆくは社会に出て立派に活躍できるようになってくれるのではないかと思います。OBの方からは、「海外で仕事をしていると、あなたはどのような学校を出たのですかと聞かれることが多く、『学校で自重互敬の精神を身につけた』と答えると、相手に信頼されたり理解されたりする。」という話を聞いております。
正直というのは嘘をつかないということだけではありません。小学生でいいますと、宿題忘れをごまかしてやったような顔をするなどというのはよくあることですが、そういうことをせずに誠実に一生懸命に取り組んでほしいと思っています。そして、相手の考え方や立場を大切にして人に優しくする思いやりのある子どもに育ってほしいと思います。それこそが学習院らしさ、初等科らしさではないかと思います。

対談を終えて

学習院初等科史上初の女性科長誕生は、長い歴史と伝統を大切にする校風に新しい香りをもたらすものでした。今回の対談でも、学習院の伝統や理念を守り続けるという思いと同時に、短期海外研修、ICT教育、入試面接、アフタースクールの話などから、時代の求めや状況に合わせて新しいものを柔軟に取り入れていく姿勢を感じました。
学習院の教育の特徴は「基礎基本を大切にする」というものです。木に例えると、まず太い幹を育て、そこから枝を伸ばしやがて美しい花が咲くというイメージです。初等科教育は正にこの幹の部分であり、それがその後の個性の開花に必要な養分を与えています。今回のお話のように、卒業生は幅広い進路を選択していますが、口を揃えて「学習院で学んだ『基礎の重要性と人間教育』の有り難さを感じる」と言っています。確かに、芸術を志すにも基礎となる教養は必要です。例えば、音楽の楽譜には数学的な要素が含まれています。小節の中に入る音符の合計が合わないと演奏できません。絵画や工芸を志すなら、素材や材料などに化学的な知識が不可欠です。スポーツなども同様でしょう。
一つのものを突き詰めるからこそ、好きな方向に自由に伸びたいからこそ、基になる太い幹が重要であり、それを支えている強い根が『自重互敬』であると、科長先生の話から改めて感じました。
英国への短期海外研修などでたいへんお忙しい中、きめ細やかな配慮をしてくださいまして、心より感謝申し上げます。
(ジャック理事 吉岡俊樹)

学習院初等科

1877年創立の私立男女共学小学校。学習院は、幼稚園から大学、大学院までを擁する一貫教育体制を整え、多くの人材を育成してきた伝統のある教育機関です。初等科はその出発点として、長い歴史に培われた校風を尊重しながらも、未来を展望し、教育内容や学習環境の充実にたえず努め、知情意体のバランスのとれた教育活動を展開しています。

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