小学校受験の面接で本当に大切なのは、答えの内容や話の上手さではありません。学校側が見ているのは、保護者の人柄や家族の温かさです。抽象的な良い言葉を並べるのではなく、子どもの姿を具体的に語り、また家族が互いを思いやる様子が自然に表れることで、面接全体の雰囲気は大きく変わります。この記事では、小学校受験での学校側が重視する視点と面接で意識すべき本質を解説します。
目次
小学校受験の面接で一番大切なこととは
今回のお題は「小学校受験の面接で1番大切なこと」をお話しします。学校側は、最初から保護者の言うことを鵜呑みにしていません。例えば、学校から「どのようなお子様ですか。」と聞かれ、保護者は「明るく活発で思いやりがあり、何事においても好奇心旺盛な頑張り屋な子です。」などと答えるかもしれません。そういった良い言葉の羅列を聞いた時に、学校側は「そうですか。それは素晴らしいお子様ですね。」とは思わないということです。
例えば、明るいと言っても子どもの明るさにはそれぞれ違いがあります。しかし、それを全部ひっくるめて「明るい」「活発」と言っても、何かと比較の上で活発と言っている訳なので、どの程度活発なのかも分かりません。そして「何事においても好奇心旺盛」は果たしてそのようなお子様がどれほどいるのでしょうか。しかも、何事においても興味を持つということは、本来ならば関心を持ったことに対して深く深く掘り下げて興味を持つことがあっても、全てのことにおいて好奇心旺盛というのは、言い方が悪いかもしれませんが、単に移り気である場合もあるかもしれません。それよりも大事なことは、そのような抽象的な良い言葉を羅列するのではなく、どう明るいのか、どういう時に明るい子だと感じるのかを伝えることです。そのようなことが表現されていれば、学校側が少し納得しやすくなるのではないでしょうか。
小学校受験では「叱ること」への姿勢が問われる
小学校受験の面接で「叱ることについて、いかがお考えですか?」の質問に対して、このように言う方がいます。例えば、「命に関わるような危ないことをした時には、厳しく叱っております。」しかし、この答えはほぼ無回答に近いです。なぜならば、命に関わるような危ないことをして叱らない保護者がいますか?いませんよね。そして「では命に関わるような危ないことをするのですか?」と聞かれた場合に、「いえ、しません。」となれば「では結局叱らないということですよね。」となります。答えているような気持ちにはなっても、無回答に近い答えになっています。小学校受験の面接で「褒めるのと叱るの、どちらが多いですか?」という質問をした学校がありましたが、このような質問を保護者の中で父親に聞くと、多くの父親は「褒める方が多いです。」というお答えをします。例えば、「叱る方が多い」と言うと、小学校受験では学校として叱る方が多いような子どもを受け入れられないと思っています。本来は叱ることが多いのに褒める方が多いという言い方をしたのか、それとも本当に叱るより褒める方が多いのか、それはどちらか分かりません。しかし、学校側はしっかりと叱ることができる保護者に来てほしいのは明白です。
今の世の中、子どものことを叱ってくれる近所のおじさんやおばさんはいません。「もう余計なことをするな」と思われる位だったら周りの人は注意してくれません。つまり、子どものことを注意できるのは保護者か学校の先生です。その保護者があまり叱らないとなると今度は学校の先生だけです。しかし、普段親からも大して叱られたことのない子どもが先生から叱られるとどんな気持ちになるでしょう。嫌な気持ち、攻撃されている気持ちになります。「あの先生は自分のことが好きじゃないんだ」そのような気持ちになってもおかしくないということです。そういった意味では、褒めて子どもを伸ばすということに否定はしませんが、学校側は叱ることに抵抗感のある保護者には入学して欲しくないのです。
小学校受験の面接で最も大切なのは「内容」ではない
ここまで小学校受験の面接に関する内容を話してきましたが、「今日の小学校受験の面接で1番大切なこと」つまり「内容が大切なの?」と思われたかもしれません。実はそうではありません。内容ももちろん大切ですが、1番大切なことは内容ではないと思っています。話というのは話が上手な人もいれば、話が下手な人もいます。例えば、親としてしっかり子どもを育てていて、その学校のことをよく理解して入りたい。つまり、学校側としては来て欲しい親かもしれません。しかし、話が下手でうまく喋れなかったなという方もいれば、逆に入学して欲しくないと思われるような保護者であっても、流暢な話でうまく質問を切り抜ける、そのようなことがあります。つまり、内容だけでは学校側は測れないということです。
小学校受験で求められる要素は「人柄」と「家族の一体感」
「何が大切か?」というと、人柄が大切であるということです。例えば、どちらかがうまく話せない。お父様が質問してお母様がお聞きになっている。お父様がうまく話せないと困っている。そういう時にしかめっ面で下を向いてしまうのではなく、優しく微笑んで慈愛の心で「頑張って」というような気持ちでそれを見守る、応援する。そのような人柄であれば、学校側は温かさというものを感じるのではないでしょうか。人柄というのを言い換えれば、「家族の輪」と言ってもいいと思います。
例えば、学校によっては「どちらがお答えしても結構ですよ。」と言いながら、「では・・・」と言って質問する訳です。その時にお父様が「どうぞ・・・」お母様が「どうぞ・・・」と譲り合っていたのでは見た目が良くないです。譲るならばこのような譲り方です。「どうぞどうぞ」ではなく、「じゃあ僕の方から。僕は・・・」と言って、「いえ私の方から。私は・・・」と言って、そしてお母様が「じゃあ私の方から」お父様が「じゃあどうぞ」ということはあります。ただしその時、結果的にお母様が話した場合であっても、お父様が話した場合であっても、その片方が「あぁ、あなたはそういう考えなんだ。ふーん」ではなくて「私もそれを言おうと思ってたのよ。」という一体感が必要です。そのような家族を見ていると、温かさを感じるものです。小学校受験では人柄の良さ、家族の輪、そして入学の強い意思が揃えば良い面接になります。
「正解を求めない余裕」が小学校受験の合否を左右する
昨年、小学校受験の面接で「お父さんとお母さん、どちらが厳しいですか?」と学校側がお子様に質問しました。しかし、そのような入試情報を聞きつけると、翌年の保護者は「そういう質問を今年された場合、どっちが厳しいと答えた方がいいんでしょうか?」というように正解を求めようとします。しかし、そのような質問に正解はありません。もし、それでも正解があるとするならば、例えばお子様が「うーん、お父さんです。」と答えたら、お父様は「うん、まあね。」というように少し微笑んだり、「あ、そう思ってたのか。」でも良いですし、「お父さんです。」「え、お父さん!?」と少し驚いてみせる。つまり、そこで少しおどけてみせる位の余裕というものが小学校受験の場では必要です。間違っても「厳しいのはお母さんです。」それを聞いたお母様が表情も何にも変えずに、前を向いて「嫌なこと言うね、この子は。」そのような表情をしたら、もう面接はそれだけで「良い面接」の雰囲気にはならないのではないでしょうか。

