絵本紹介絵本紹介

ちいさいおうち(年長)

ちいさいおうち(年長)

作 バージニア・リー・バートン
訳 いしいももこ
岩波書店

あらすじ: 静かな田舎の小高い丘に、“ちいさいおうち”がありました

静かな田舎の小高い丘に、“ちいさいおうち”がありました。それは、しっかりと丈夫に建てられた、きれいな小さなお家でした。その家を建てた人は言いました。「孫の孫のそのまた孫の時まで、この家は、きっと立派に建っているだろう」。
その言葉通り、“ちいさいおうち”は永い間、丘の上から周囲の景色を眺めながら、幸せに暮らしていきました。豊かな色彩や香りに満ちた自然の中で、四季の移ろいを楽しみました。永い永い時間がゆっ くりと過ぎていきました。
ところがある日、田舎道に自動車がやってきました。そしてこの日から、“ちいさいおうち”の周囲に劇的な変化が起き始めました。
まず、広い道路が作られ、お店や家が作られ、たくさんの人が忙しそうに行き来し始めました。やがて、高層ビルが建てられ、地下鉄が作られ、汚れた空気と忙しなく動く人々が溢れる大都会へと変貌して行ったのです。住む人も無くなった“ちいさいおうち”は荒れ果て、 みすぼらしくなって、気に留める人は誰もいなくなりました。
どれくらいの時が流れたのでしょう。ある春の朝、ひとりの女の人が“ちいさいおうち”を見つめて言いました。「この家は、わたしのおばあさんが小さいときに住んでいた家にそっくりです」。実はこの人は、この家を建てた人の、孫の孫のそのまた孫に当たる人でした。“ちいさいおうち”は、この人によって田舎に移転され、また昔のように幸せな日々を過ごすのでした。

評:人間の勝手な所業の前に踏み潰されていく偉大なる自然の哀愁が、忘れていた何かを思い出させてくれる秀作

悠久の時の流れの中、移ろい行く四季の変化や、否応無しに訪れる近代化の波が、流れる詩のような文章で語られていきます。また、主人公の“ちいさいおうち”を中心に、細かなタッチで丁寧に描き込まれた絵が、豊かな表情で読む者に語りかけてきます。
作者のバージニア・リー・バートンは1909年生まれ。アメリカが巨大な資本主義国家へと発展していく高度成長時代に育った世代です。美しい言葉と細かな描写で自然の美しさがうたわれる前半に対し、後半ではその自然が近代化の波によって踏み潰されていく無常観が語られているこの絵本には、作者の近代化への批判が含まれているように思います。人と自然の調和の大切さや、人間の勝手な所業の前に踏み潰されていく偉大なる自然の哀愁が、忘れていた何かを思い出させてくれる秀作。読んだ後には、優しい気持ちになっている自分にお気づきになることでしょう。もちろんそうした思いは、子ども達の心にも、大切な物を残してくれるはずです。
ところで、この絵本の主人公は、題名でもある“ちいさいおうち”。よく見ると、窓が目、ドアが鼻、玄関のステップが口に見えてきませんか?